善意を装った無自覚な正義が苦手。
うつ病。iOSアプリ制作。白昼夢。
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善意を装った無自覚な正義が苦手。
何かを批判するとき、己の意見を言わなければならなくなる。するとそこに、その人の経験を少なからず見ることができる。感情的な意見ほど自分の内側が、経験があらわになる。と、私は考えている。(そして、そんな意見をどう扱うかが品格になるのだろう。)
アプリの★五つって何点なのかなー。評価するとき他人に合わせる必要がないのだとしても、個人個人で評価基準がバラバラなのにそれをまとめて表示しちゃうのがアメリカらしい。試しに、計算してみた。数字切り上げてるので適当だけど。
★一つが20点だとすると、
★:0〜20点
★★:21〜40点
★★★:41〜60点
★★★★:61〜80点
★★★★★ :81〜100点
★五つが100点で残りを均等に割ると、
★:0〜24点
★★:25〜49点
★★★:50〜74点
★★★★:75〜99点
★★★★★ :100点
★五つが100点で残りを★の数(10)で割って、★の数に反比例?(★一つなら4割)してわけると、
★:0〜40点
★★:41〜60点
★★★:61〜80点
★★★★:81〜99点
★★★★★ :100点
AppStore全体のアプリの分布率は、一番下がそれっぽい。でも、ひとつのアプリを評価するのに★★★が50点くらいとか、だいたいの基準はあった方がいいんじゃないのかなー。(それか、[Bad]———○——-[Good]をつけてどちらかのボタンを押すと評価が動く仕組みにするとか。十票以上で表示するようにすればシャイなひとも大丈夫だろうし。)
悪意のある文章ってなんで悪意があるってわかるんだろう。
水を差す情報、というのが昔から苦手すぎる。せっかく”あれ”を楽しんでいるときに、「ああ、ちょっとやってみたけど、あれは全然ダメ」と言われては盛り上がらない。書いたひとは内輪に向けた情報だったのかもしれないし、水を差す気がないこともあるのだから、書くこと自体は自由だと思う。
ただ、それを広められる技術がネットにはある。ネットのほとんどの情報が何の影響も及ぼさないとしても、広める意図があるひとは自分自身がメディアであることを頭のどこかにおいていた方がいいのではないか。
水を差すことがすべてダメという訳じゃない。逆に冷静になれることがある。水を差すこと自体は、時と場所を選べば理性の役割を果たす。ただ、不安をかき立てられ、楽しみが減り、共感を呼ばないものに導くことが果たしてよいことなのか。
嫌なら見ないことができるウェブにおいて、こういう批判はあまり意味がないのかもしれないが。
自戒を込めて。
「変化すれば生き残れる」って間違って覚えてた。ダーウィンがいってたのは、「周りの変化にあわせられるやつが生き残る」ってことだった。そういえば、「周りと違うものをつくる」ということを批判して、「よりよいものをつくる」ことを大切にしているひとがいたっけ。